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ゾウの時間 ネズミの時間

2010年12月01日 20:20

本川達雄, ゾウの時間 ネズミの時間-サイズの生物学, 中央公論社, 1992.

 

大きいゾウにはゾウなりの時間があり、小さいネズミにはネズミなりの時間がある。動物はそのサイズに応じて違う時間の単位をもっていて、それぞれの時間を生きている。体重約200gのデグーたち、体重約4kgのネコ様が感じている時間と、ヒトである飼い主が時計を見て知るそれとは、みんなバラバラなのではないかというツッコミを入れられる本。

いろいろな哺乳類で体重と時間とを測ってみると、その時間は体重の1/4乗に比例するとある。それら動物の寿命を心拍数や呼吸数で割ると、「哺乳類ではどの動物でも、一生の間に心臓は二十億回打つ」、「一生の間に約五億回、息をスーハーと繰り返す」と計算される。このくだりは豆知識として語られることが多いので、聞いたことのある人もいるのではないだろうか。

 物理的時間で測れば、ゾウはネズミより、ずっと長生きである。ネズミは数年しか生きないが、ゾウは一〇〇年近い寿命をもつ。しかし、もし心臓の拍動を時計として考えるならば、ゾウもネズミもまったく同じ長さだけ生きて死ぬことになるだろう。小さい動物では、体内で起こるよろずの現象のテンポが速いのだから、物理的な寿命が短いといったって、一生を生き切った感覚は、存外ゾウもネズミも変わらないのではないか。
  時間とは、もっとも基本的な概念である。自分の時計は何にでもあてはまると、なにげなく信じ込んで暮らしてきた。そういう常識をくつがえしてくれるのが、サイズの生物学である。(p.6)

動物のサイズは進化の過程に大きな関連をもつと考えられるばかりでなく(第二章)、エネルギー消費量(第三章)、食事量・生息密度・行動圏(第四章)、移動速度(第五章)に対しても一定の規則が見られるという。また、車輪をもつ動物がいないのは何故か、体が大きくなったら器官も大きくなるのか、アオムシがすさまじい勢いで糞をするのはどうした訳か、ウニやヒトデはなんでそんな変な形になっちゃったのかなどについて、そうした動物のデザインはサイズの制約があったからこそとする興味深い論が展開されている。

 動物をよく理解するためには、空間と時間と力、この三つに対する感覚がなければいけない。ところが、ヒトというものは視覚主導型の生き物である。空間認識はよくでき、サイズの違う生き物がいることは十分に分かる。だが、時間感覚はあまり発達してはいない。
(中略)
 しかし、ヒトにも、時間感覚がまったくないわけではない。足りない部分を「想像力」で補って、さまざまな生き物の時間軸を頭に描きながら、ほかの生き物と付き合っていくのが、地球を支配しはじめたヒトの責任ではないか。この想像力を啓発するのが動物学者の大切な仕事だろうと私は思っている。 (pp.137)

直接デグーと関係のある本ではないが、小さな動物と付き合うときに彼ら特有の時間感覚を想像してやることの大切さを考えさせてくれる。飼い主には「ほんのちょっとの間」と思えても、デグーたちにとってはこの上なく長く感じられることがあるかも知れない。飼い主の寝坊でデグーの朝ご飯が遅れることを「テヘ」で済ませてはならない。きちんと餌をやってから二度寝しよう(自戒を込めて)。

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